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(湯浅 誠/カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)   今年度から中国マーケットを担当し始めたので、早速現地に出張して現場を自分の目で確かめてきました。中国に対しては兎角間違った情報や認識が流れてくるので、先ずはお客さんにとにかく会うと大号令を出し、上海地域のお客様6名とお会いしてきました。まだまだ足りないので、今年度は毎回の出張で必ずお客さん訪問をしようと思います。 中国はとても広いので、上海地域と言っても南京(上海から北西300キロ程度)まで含んでおり、3日間であっちに行ってこっちに行ってと大忙しでしたが、やはり現地でしか聞けない大変貴重なお話をいただいたので、このブログで共有させていただきたいと思います。 今回お会いした中国のお客様のプロファイルは以下のとおりです。 上海交通大学工学系 准教授 上海交通大学情報学系 准教授(日本で博士号取得後、名古屋大学でポスドクを1年経験) 大学附属病院 医師 南京大学 准教授 南京情報系大学 教授 南京農学系大学 准教授 上海交通大学というと何か運輸関係の大学と想像してしまいますが、中国では知らない人はいない超名門総合大学です。参考として、THEアジア大学ランキング20位の大学です。(ちなみに、東京大学8位、京都大学11位、大阪大学28位)南京大学は17位です。南京では小規模の大学のお客様とお話が出来たので、大規模の大学と小規模の大学に加え医師のお話を伺う事が出来、初回のヒアリングとしてはかなり満足がいくものでした。 上海オフィスの中国人スタッフにアポ取りと通訳(英語が出来ない方がいた場合に備え)で同行してもらったのですが、上海交通大学と南京大学は全て英語でお話が出来ました。それ以外は全て通訳してもらったのですが、やはり大学のレベルと英語力は比例するものだと実感しました。また今後は中国語を勉強して、一人でも中国人のお客さんとしっかり話せるようにならないと、本当の情報は得られないなと痛感しました。これはこの先2年の課題と目標です。 さて中国のアカデミアは今どの様な状況にあるかというと、議論するまでもなく超上昇志向ですね。悲しいですが日本と真逆です。それでは予算とポストがふんだんにあるのかというと、実はそうでもないようです。勿論予算を取れた人はかなり余裕がある感じはしましたが、地方大学だったり小規模の大学(中国の大学は全て国公立なので私立大学はありません)の研究者は必死に着いて行っている感じです。 「予算が取れなかったら本当に研究が出来ない」という嘆きの声を聞いた事は日本でも何度もありますが「3年間研究費が取れなかったらクビになる」や「年1本の論文しか発表できなかったら降格させられる」と嘆く教授(ポスドクや任期付きの助教ではありません)にお会いした事はありません(恐らくゼロという事はないかもしれないですが、限りなく確率が低い気がします)。 中国の研究者はえげつない程の競争にさらされており、その評価指数はかなり「研究費」と「論文」が占めています。どちらかというと研究費を獲得するために論文を書きまくっているというのが現状です。また国の研究費を獲得すると一部自分の給料に出来る(これは各大学の方針によるので、一概に何%とは言えませんが、日本には無い制度です)ので、血眼になり申請書を書くようです。また中国では「人間関係」も重要な要素なので、適切な人脈作りは研究者として生き残るために不可欠だと感じました。 日本だと問題になりますが、自分の研究費申請書を誰が査読しているのかを知り合いの研究者に聞きまくるのは当たり前のようです。実際打ち合わせ中にお客さんのWeChat(中国版LINE)アカウントにその問い合わせが来ており、見せてもらいました。研究費も日本と似ており、科研費に相当する中国国家自然科学基金委員会(NSFC)による基礎研究重視の「一般プロジェクト助成」、若手支援を目的とした「青年科学基金プロジェクト」、大きな成果が期待できそうな研究に重点的に資金配分する「重点プロジェクト」など、基礎研究をサポートする研究費は総額約4000億円相当です。中国の高等教育に所属している研究者数は75万人程度で、日本が30万人程度ですので、予算規模は日本と似たり寄ったりかなと思います。 日本のJSTと似たような組織である科学技術部(MOST)によるトップダウン型研究もあり、「国家重点基礎研究発展計画(973計画)」が500億相当の予算を配分しています。他にも様々な予算があるようですが、基礎研究に重点的配分をしている予算は大体この程度だと思います。 ここで皆さんには一つの疑問があると思います。「あれ、中国の研究費予算ってこの程度なの?」私も同じ疑問がありました。というか今もあります。この答えはこれから探します。ただ思っている以上の潤沢な予算が中国にあるわけではなく、だからこそ熾烈に争って勝ち取る必要があるようです。3年負けたら降格だって減給だって、時には解雇だってあります。 必死に研究をして論文を書きまくり、年度初めは申請書を書きまくり、コネを駆使して採択率を上げようとする。その合間に学生の面倒を見る。程度の違いはあれ日本と似ています。ただ唯一にして最大の違いは、ポジションや給料が容赦なくなくなる中国と、教授になってしまえば比較的腰を据えて研究に従事できる日本です。中国は論文が必然的に増える仕組みですね。給料に関係してきますから。 これがいいか悪いかの議論ではなく、中国の現状だというのが知れたのが今回の出張でした。まだまだお伝えしたい内容があるので、次回のブログでは研究分野別でどのような違いがあるか綴ってみたいと思います。

(湯浅 誠/カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)   新年度も早半月が経ちました。第1週は日本で昨年度のレビューと今年度の大枠目標をチームと共有しましたが、グローバル全体で大きなチーム再編が計画されており、その協議中であったため、具体的なプランニングは出来ずにいました。 4月10日からのインド出張で全てがクリアになり、自分の役割も明確になりました。まあ本当に変化するのが好きな会社だなーと半分皮肉ながら感心してしまいました。今まで私の直轄で働いていた日本スタッフもレポートラインが本社の人に変わったり、そもそものKPIが今年度になり今までと180度変わったり、リーダーシップが日本からインドに移ったりと、発狂する人が出ても驚かない状況でした。 そんな中私の役割はどうなのかというと、180度どころか、転職したのではないかと思う程違う仕事をする事になります。日本での活動は引き続き行いますが、ずっと責任を持って担当してきた、会社の売上の大半を占める個人向けサービスにはあまり関与する事はなくなり、法人向け新サービスのみに注力をして、それ以外は基本的に中国マーケットに集中します。 これまでの日本におけるブランディングやアウトリーチ活動が評価されて、知名度が圧倒的に低い中国でプレゼンスを高めてきてほしいとの指令が出ました。もちろんこの辞令は喜ぶべきもので、中国という巨大マーケットに関与できる事は幸せだと思います。ただこれまでの経験がどこまで活かせるか、また言葉の壁もある、人脈はない、制度を理解していないと、不安要素がたくさんあるので期待少し、不安大で突入していきます。 この大きな体制変更を、今回のインド出張中のグループ全体会議で共有して、その後みんなでディナーをしていたら中国のマーケティングマネージャーが話しかけてきて、「一緒に働ける事を楽しみにしている。是非エディテージブランドを中国でNO.1にしよう」と言われ、また「我々中国オフィスは常に日本チームに追いつく事を共通目標にしてきた」と。その場で計算機を使い、今の中国の売上と成長目標値を聞き出し、果たして計画通りにいけば(日本人からすると超天文学的な数字です!)何年後に日本に追いつけるか計算したら、その結果は「3年」後。 「では3年後に日本を追い抜く」を目標にしようと!これを中国オフィスのみんなと共有して実現に向けて動き出そうと。その発言をしている自分を客観的に見て凄く複雑な気がしました。これまで日本チームのみんなと必死に会社を成長させ、その結果いまだにカクタスで一番の地位を誇っていますが、自分のチームを早く抜かせと別のチームに発破をかけているのです。 しかし国の規模を考えれば中国が日本より大きくなるのは必然であり時間の問題です。経済規模においても、学術の世界においても(論文数)既に中国を日本を抜いているので、カクタスでも中国が一番のマーケットになるのが当たり前であり、そうなっていないのは会社に問題があります。 今までは中国チームを弟のように「お前らもしっかり頑張りなさい」と見てきましたが、これからは自分の息子のように扱い「お前(中国)はお兄ちゃん(日本)より立派になりなさい。お父さんも一緒に頑張るから」と。しかし日本のみんなには「絶対負けない。これからも成長しつづけて、常に1番で居続けてみせる」と思って仕事をしてもらいたいです。 トップマーケット同士が切磋琢磨するのが会社にとり一番で、特定のマーケットがあまりにも幅を利かすと偏った思考や体制になります。日中2強体制が出来て、その両方に自分が深く関われる日が来るのを楽しみにしています。中国では失敗してボロボロで帰ってくるかもしれませんが、負けるにしても全力で戦ってきたいです。負けたとしてもそれは自分の実力ですから。 このブログ記事はどちらかというと社内向けメッセージになっていますので、是非日本スタッフのみんなに読んでもらい、自分達を奮起してもらいたいです。「負けてたまるか!」と。私は反骨精神が強いので、挑戦されると絶対見返してやろうとムキになりますが、ここではその様な反応を期待しています。 インドから帰国する機内で今記事を書いていますが、バックで流れているANAテーマソングAnother skyがいつもと違う感情を与えてくれています。今までは何があっても常に「日本」の空を中心に動いていた自分が、これからは別の空(another sky)を中心に動くのかな?と。今後も変わらない事は、これまで日本におけるブランディング活動を支えてくれた日本の相方はそのまま中国に輸出です(笑)!

2018年3月期が終わり、また会社にとり新年に突入します。私達はFY18と呼んでいますが、FY18は私のキャリアにおいて、最も印象が残る1年でした。 カクタス初の海外拠点として、2007年7月に日本オフィスが誕生しました。当時私は実家で父と働いていましたので詳細を詳しくはわかりませんが、法人のお客様サポートをメインとして立ち上げ、当初は個人より法人に重きを置き活動していました。私は同年12月にカクタスに戻りました。FY18はカクタスジャパン、そして自分の10周年記念でした。 我々へのお祝いなのか、この1年はたくさんの記録を打ち立てる事が出来ました。一番のハイライトが年間売上がついに20億円を突破した事です。年初に目標を立てた際はかなり高い壁に思えました。事実Q1はだいぶ苦戦をして、7月頃は「今年は無理かも。。。」と弱音を吐いていました。しかし社員一丸となりこの困難を乗り越え、Q4には毎月2億円を超える売り上げ(こちらも初)をたたき出し、無事20億円を達成できました。会社が設定した目標に対しては98%の達成でしたが、自分自身は100%をつけていいかなと思いました。 本社的にはまだまだ足りないと言われますが、恐らく翻訳業界で最も短期間で成長している会社だと思います。また今の成長率を保てば10年後は100億円も目指せると思います。 毎年数十%の成長を目指す会社では、当たり前ですが昨年と同じ事をやり続ける事など決して許されません。白鳥のようにクールな顔をしながら、裏では必死でチームを鼓舞し、また自分自身も1スタッフとして全国を駆けずり回っていました。これまでの10年間に途中で脱落した人、そして退席いただいた人、またがんばって付いて来てくれた人、様々です。足を引っ張られたり、何度か弁護士さんのお世話にもなりました。その時々で自分の運命を呪ったりもしましたけど、会社が数名の零細企業(インド終業時)から600名(グローバル全体で)に成長する過程を全て見る事が出来て、いい人生勉強になりました。酸いも甘いもですね! そして私のこれからの10年は今までとは違う旅となりそうです。まだ詳細は本社と協議中ですが、日本以外の国も本格的に関与していくことになりそうです。日本での経験がどれほど他国に活かせるのか?日本での活動をコピペして成功する程甘くはないと思います。また国民性も違い、日本人のように勤勉ではない人々を管理する事になります。その条件で、日本よりも成長を求められる環境はなかなかチャレンジングですが、自分を成長させるために、これはいい機会だと思います。 日本チームはカクタスグループで最も優秀なチームです。彼らは私の関与はミニマムで充分に活躍してくれると思いますし、そうなってもらわないと困ります。また日本チームの中から将来グローバルポジションに就く人も出ると思いますし、そう期待しています。日本人はグローバルで活躍できないとよく言われますが、約束を守る、仕事は責任を持って最後までしっかり実行する、そしてチームワークを重んじる、素晴らしい資質を兼ね備えています。「えっ、そんなの普通じゃん?!」と思われる方がいると思いますが、それは日本人としか仕事をしていないとそう感じますが、グローバルと仕事をするとこの違いを常々感じます。 次の10年はカクタスにとっても私自身に取っても成長フェーズに入ると思います。試行錯誤の10年から、その経験を活かして大きく成長する10年です。成熟を目指す30年に向け、これから与えられる10年を大切にしていきたいと思います。その頃は50歳になっているので、少しは貫禄のある社長になっているかなと期待しています。 これまで至らない事ばかりの自分を傍で支えてくれた日本オフィスの社員に一番の感謝をするとともに、私にかなりの責任と権限を与え、信頼してくれた本社経営陣にも感謝をしたいと思います。 言うまでもなく、ミスをしたり不完全なサービスをしても支えてくださったお客様、パートナーの皆様には心から感謝の意を述べさせていただくと同時に、今後はより良いサービスのご提供を目指し精進していきたいと思います。 皆様、これからもよろしくお願いします。

(湯浅 誠/カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)   私には現在2歳10か月になる双子がいて、日々子育てに奮闘しています。双子の場合は特に、生まれた時から夫婦で子育てはあたりまえというか、父親の育児参加なしでは成り立たちません。乳幼児の時はミルクをあげるのは同時、離乳食になるとご飯は一緒にあげる、寝かしつけも同じです。お子さんがいる方はわかると思いますが、乳幼児は一人でミルクを飲む事はできません。必ず誰かが哺乳瓶を持ってちょっとずつミルクをあげなければなりません。 未熟児で生まれた我が子たちは1か月間入院していたのですが、仕事の後に病院に行き、育児練習をしたのを覚えています。看護師さんから口を酸っぱくして父親の育児参加の必要さを説かれました。「ほら、パパおむつを交換してください。手が震えていますよ!」「そんなミルクの上げ方だと飲んでもらえませんよ。相手の事を考えて」と結構厳しくご指導をいただきました。 そんな境遇でしたので、育児はすぐに日常生活の一部になりました。朝はどちらかがおむつ交換かご飯を作る。ご飯は一緒にあげる。さすがにその後は会社ですが、日中サポートが出来ないので朝と週末はなるべく精力的に動くようにしています。 毎日子供と接しているとちょっとした異変にすぐに気が付きます。最近娘は話ができるようになってきましたが、まだまだ十分な会話はできませんので、子供達の様子を見ながら(特に原因不明で泣いている時)何が不満なのか?を考え、その解決策と思われる事を一つ一つ提示して、向こうのフィードバックを見ながら「あれ、これじゃなかったか。じゃあこれかな?」みたいな感じで試行錯誤します。これは文章にするともの凄く単純で簡単な作業に思えますが、子育てを始めてから 3年近く経った今でも、私を悩ませる仕事です。子供の機嫌が悪い原因は、体調が悪い、ただ単に不機嫌、注意を惹きたいなど様々ありますが、母親と違い経験値が圧倒的に低いので、「原因はこれだな」と仮説を立てて対応しても、ほぼ最初は不正解です。するとさらに子供に泣かれてしまいます。別の対応をして次も不正解になるとギャン泣きになり、こんどは私がイライラしてキレてわめいてしまいます。コントみたいな話ですが、これが日常の育児風景です。 仕事で普段マーケティングチームを管理しているので、ビジネスに何らかの問題が発生した時には、チームの皆と解決すべき課題を見つけ、解決策を考える事に頭を使いますが、子育てとマーケティングにはいくつか共通点があると感じることがよくあります。まず第一に、当たり前の話ですが、目の前の課題に対して「正しい解決策を提示しなければ、問題は解決しない」。そんなの当然でしょ?と思われる方もいると思いますが、意外とチームが提案してくる解決策と本来解決すべき課題との間に根本的な乖離や飛躍がある、ということが頻繁にあります。たとえば「あるサービスの売上が下がった」という時、チームが「リーチアウトが足りていないから新しい広告を出しましょう」と提案して来たとします。一見効果があるように見えますが、「新しい広告を出す」という解決策が、本当にあまたある仮説の中から精査して結論づけたものなのか、あるいはただの思いつきや直感なのか。担当者にその結論に至った論理展開を聞くと、一見よく考えられた仮説に見えて、実は後者であることがかなりあります。 第二の共通点は、経験値の重要性です。さっき自分は子供が泣いている原因の仮説を何度立てても不正解だったと言いましたが、それでも辛抱強く何度も試行錯誤してきた今は、少しずつ正解率が上がって来たように思います。マーケティングの仕事でも同じです。この課題をなんとしても解きたいと思い、試行錯誤を繰り返してきた人であれば、なんとなく答えは自分が持っている駒のどれかだろうな?とわかってくるようになります。ここで重要なのは、失敗を一番多く経験した人が一番多くの解決策を持っているということです。社員にたくさんの事に挑戦してほしいと常々伝えているのは、この経験値を高めてほしいからです。 類似点のある子育てとマーケティングですが、大きな違いはフィードバックを得られるスピードかもしれません。自分が間違った対応をした時、子供からのフィードバックは瞬時に返ってきます。なので、間違っているということがすぐにわかり、次の手を考えることができますし、解決しないと泣き止んでくれないので必死に答えを見つけようとします。ですが、マーケティングの仕事では自分で自分の仕事のフィードバックを取りに行かなければならない、つまり効果測定をしなければなりません。これも気をつけなければいけないポイントは、どこからデータを取るか、どの様に取るかで、全く違う結論にたどり着いてしまうことです。子育てがうまくできたかどうかのフィードバックは他者依存型ですから、相手の反応を見ればいいのですが、マーケティングの仕事でのフィードバックは自己依存型ですので、かなりのスキルが求められます。かなりの学習と訓練をしなければ身につかないスキルです。 カクタスの社員には、仕事も、子持ちの社員には子育ても、両方試行錯誤して色々な経験をしながら頑張って欲しいと思います。最後に、子育てとマーケティング、どちらも「慢心が身を滅ぼす」というところが共通の真実かもしれません。実はこのブログ記事を書こうと思いついたのは最近起きたアクシデントからでした。週末に子供を実家に預かってもらって 嫁さんと二人で出かけようと計画していたのですが、子供たちにとっては親がいないお泊まりは初体験。実家に連れて行く車で寝かせてしまって、朝までそのまま起きないようにと計画していたんですが、こっそり実家を出た後で、子どもたちが親がいないことに気づいて大泣きをしていると連絡が。迎えに行くと、子どもたちが二人とも今まで見た事もないくらい狂ったように泣いていて、夜中も心配で何度も起きては泣き出し大変でした。話はそれで終わらず、娘はショックで高熱を出してしまい、息子は泣きすぎて喉がガラガラ。嫁さんと、やっぱり初めてのお泊まりは一緒に寝てあげないとダメだったね、と反省したのでした。もう大きくなって来たから大丈夫と鷹をくくって、慢心したのが原因でしたが、これもやってみなければ分からなかったこと。 マーケティングの仕事でも、初めての試みを行う時は現場のプレーヤーと経験者が一緒になって状況を判断しながら進め、必要に応じて撤退も考慮しながらやることで、リスクは減らせるよなー、と思いました。子育ても仕事も、試行錯誤して痛い思いをしながら学んだことが一番身につくのだと思います。

(大野理奈/法人チーム、キーアカウントマネージャー)   こんにちは。カクタスコミュニケーションズ、カスタマーサービス部、法人部門アシスタントマネージャーの大野です。今回は食の充実は働きやすさと幸せにつながる(?)カクタスの嬉し楽しい食事情の4ポイントについて書きたいと思います。   <その1:キッチンのあるオフィス> 2016年4月に移転した弊社オフィス(神保町)の給湯室は1口コンロのミニキッチンを備えております。また、キッチン設備としては冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースターもあり、簡単なものであれば調理可能です!移転当社、ランチ時にいつも外食していた社員たちは、今では弁当持参の女子力高めOLへと変貌しました。 朝はパンをトーストしたり、ダイエット中の社員は糖質オフ麺をゆでたりして有効活用しているようです。   <その2:手作りお味噌汁@オフィス> カクタス日本オフィスは8割が女性社員なのですが、独身OLたちだけでなく、子持ちのママも大活躍しています。その中でも2人の子持ちのママである総務担当のあきこさんは、料理がとっても上手なので、時々お弁当持参の社員たちのために、スープやけんちん汁などを大きな鍋にたっぷり作ってふるまってくれます。 野菜たっぷりの栄養満点お味噌汁は、忙しく働く社員の心と体を癒してくれています。 スープだけでなく、カレーやビーフストロガノフが振舞われることもあります。材料費はオフィスに置いてある「味噌汁募金箱」に食べ人がお金を入れる仕組み。 この日は寒かったのでしょうがたっぷりのキノコ汁でした!   <その3:PARTYはランチタイムに> お祭り大好きな社員たちが揃っている弊社でございますが、実は夜の飲み会はほとんどありません。 理由は上記のとおり、働くママも多いため、皆で食事を楽しんだり、何かのお祝いする場合は、ディナータイムではなくランチタイムを使います。そうすれば、どんな事情の人も参加できますからね。業務中はデスクから離れられない役職のスタッフもたくさんいますので、そういうスタッフもパーティに参加でき、お客様の電話にもすぐに出られるよう、ワークスペース横のフリースペースを使ってお寿司のデリバリーやピザデリバリー、時には社員がそれぞれ手作り料理を持ち寄ったポットラックPARTYをして楽しんでいます。   <おいしい紅茶@オフィス> 弊社本社はインド、ムンバイにあるため、インドから来る社員、またインドへ出張した社員からさまざななインド土産が頻繁に届けられます。その中でも、みんなが必ず差し入れしてくれるのがインドの美味しい紅茶です。紅茶大国のインド産、ハーブティーがいつもパントリーにそろっております。弊社にミーティングでお寄りの際はぜひ、インド紅茶をリクエストしてみてくださいね。

(湯浅 誠/カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)   カクタスの社長になり5年が経ちました。大企業だともう社長交代の時期になることもあるかと思いますが、5年が経過した現在でも出来ていない事がまだまだ山のようにあります。特に5年、10年先を見据えた事業拡大やサービス改善は質・量共に全然期待通りにできていません。日々の課題や目の前の売上のために多くの時間を費やしている私のような社長が世の中にはたくさんいるのかなと思います。ではそれは正しいのか間違っているのか? 本題にある「社長の仕事」の定義は、個々の社長の中に存在していると思います。それは決して一般化されるものではなく、業種、市場、会社規模などにより様々です。世間では社長というと広い社長室にいて、判子を押したり、会議で偉そうにしている印象を持たれる事もありますが、少なくとも最近の会社にはあまりない光景かと思います。というか、そう願います。 実は私の祖父(母方)も父も社長でした。それぞれ私も含め皆代々、別々の会社の社長を経験していることになります。私は雇われの社長ですが、今思えば自分が社長になったのは家系から来る運命だったのかなと思います。祖父はいわゆる昔の社長そのもので、名誉欲が強く見ていて違和感もありましたが、愛国主義に満ちており、国に納税することに誇りを持っていました。それに対して、父は豪傑系の社長でした。それはそれは怖い社長で、社員の方(体育会系の猛者たちです!)にいつも恐れられていました。今の時代なら完全にアウトですが、社員に手を挙げている事もよくありました。自分が社長業を務める前以前は、この二人が自分の社長像でしたが、実際社長になった時に自分は彼らとは全く違うと思いました。私は社員に命令する事があまり得意ではなく、どちらかというと自発的にやってもらうように促すタイプですし、納税する事に誇りはなく節税方法をいつも探っています(笑)。会社でも社員に「社長」でも苗字でもなく「誠さん」とファーストネームで呼ばれており、上下関係というよりも、役割分担を好みます。またこの外見のせいか、社外でもほとんど社長に見られません。 こんな風に、三世代が異なる会社、異なるタイプの社長になったわけですが、それでも祖父と父に自分との共通点を感じる事が最近はあります。実はカクタスに務める以前には父の会社に2年程勤めており、その経営を間近で見ていましたが、父はよく「社長の一番の仕事は決断を下して、その責任を取る事だ」と語っていたのを印象的に覚えています。当初は全くなんの事か理解出来ず、初めて聞いた時の私の感想は「社長の仕事ってそれだけ?」「これなら自分でもできるぞ。でも責任を取るって何?」でした。父が経営していた家業はその後大変苦しくなり、本当に父が大きな意味で責任を取る時が来たのですが、「これが一つの責任の取り方なのか」とその時に初めて実感しました。私が父と同じような責任を取る瞬間が訪れる事はないと期待していますが、社長は様々なシーンで決断と責任が求められることを、その後カクタスで社長に就任してからは日々切実に感じています。そして、この仕事ができない社長は落第者です。また自分の経験則から言うと、決断と責任取りは早ければ早いほどいいのです。 何か重大な決断を下さなければならない時、その決断が必要とわかっていても痛みを伴うので下したくない時、自分が苦しむとわかっている決断を下す時など、先送りしたくなる理由は無限にあります。しかし会社がダメになる典型的なパターンは誰も決断を下さず、「今は一時的に大変なだけで、しばらくしたら良くなる。売上も回復するはずだ」と言い聞かせ、何もしない事です。「しばらく様子を見て、考えよう」なんてよく聞く言葉ですよね?私もつい言ってしまいますけど、本当にダメだと思った時は、相手が誰であろうと「ダメだ」と言い、大きな方向展開、最悪チームの変更、プロジェクトの中止を決断する必要があります。しなければなりません。 では、その決断の責任を誰が取るのか?成果が出せなかった部下?企画を言い出した人?チーム全員?いえ、それが社長としての私の仕事です。結果に対して責任を取る。これは、ダメなら社長を辞めるという責任の取り方ではなく、成果が出なかったという事実を認めて、自分に非がある所も認め、その結果を踏まえ何が問題だったかを客観的に議論し、今後の進め方を決めるという意味での責任です。そこでプロジェクトを中止する事もありますが、先に書いた通り「決断」が早ければ早い程、傷が浅いうちに治療が出来ます。なので「やりたくないなー」と思う決断や発言も早め早めにするようにしています。 これが父の失敗から学んだ事です。実家のビジネスは一族経営でいわゆる「なあなあ」が続いていました。皆自分以外の事業やチームに口出しをせず、また決断も業績が悪化するにつれてどんどん遅くなっていました。もう本当にどうにもならない段階になり大きな決断をしたのですが、それはもう遅すぎで、大変な責任を取る事になりました。最悪の決断と責任です。 自分自身、カクタスの10年で数多くの過ちを犯しましたが、今でも後悔しているのが「遅すぎた決断」です。詳細はお伝えできませんが、「やらなくてはいけない。でもこれはなかなか」「いや、そのうち改善するだろう」と遅らせた決断が最後に大変な事になったことがありました。当然そこから多くを学んだので、本当の意味では後悔にはならないのですが、今後同様に大きな決断を下す必要がある時の自分への戒めとして、このブログをその時に読むつもりで書いています。とはいえ、同じような決断を下す時が来ない事を心の底では願っていますけれど(笑)。

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