2021年10月12日
【誠のFACT】THE世界大学ランキング2021レビュー〜日本の大学、戦うか闘わざるか、それが問題だ
(湯浅 誠/カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)
毎年恒例であるTHE世界大学ランキングの2021年版が9月2日に発表されました。昨年はランキングにノミネートされた日本の大学数がアメリカに次ぎ2番目に多かったため、マスコミ各社が頑張ってポジティブな報道していたことを覚えていますが、今年は報道があまり盛り上がりませんでしたね。毎年恒例にしているこの私的THEランキングレビューも、そんな理由で執筆がついつい遅くなってしまいましたが、今年もちゃんと分析していきたいと思います!
いまだ勢い止まらぬ中国、下降を続ける日本
今年のTHEのニュースがいまいち日本で盛り上がらなかったのは、もはや日本の大学についてのネガティブな情報を出し続けることに意味がないからかもしれません。今更どうにもできない現実であるからかもしれません。ランキングを経年的に見ればわかりますが、日本の大学のランキングは総じてまだ下がり続けており、それとは真逆に中国の大学はまだまだ伸びています。昨年は初めて清華大学が世界ランキングトップ20に入り、中国は大いに盛り上がりました。そして今年は清華大学だけでなく、清華のライバルである北京大学も20位以内に入り(何と今回は両大学が同スコアーで共に16位でした)、私の予想では5年以内にどちらかの大学は世界トップ10に入ると思います。
ランキングを伸ばした中国の大学の各スコアを世界のトップ大学と比較すると、唯一の死角は「国際性」です。しかしそれも、北京大学においては過去5年以上連続でスコアを伸ばしており、今年は65までアップしました。この流れが続けば5年後には70以上になると思います。今年の世界大学ランキング9位であるイェール大学(アメリカ)の国際性スコアが69.9なので、かなり近い位置に来ていると思います。つまり、中国のトップ大学は軒並みこれまで弱かった国際性の改善に乗り出しているというわけです。私は何も中国の大学を賞賛したいわけではありません。中国は国をあげて、大学ランキングに本気で勝ちに来ていると言いたいのです。本気度が違います。
日本は本気でゲームを戦っていない
日本も以前安倍元首相が「世界のトップ100に日本の大学を10校ランクインさせる」と発言されていましたが、その効果はなかったように思えます。私が常に気になるのは、日本はこのランキング・ゲームに本気で勝ちたいのかどうかということです。とりあえずみんなが参加するから参加して、少しランキングが上がればそれでいいと思っているのではないか?と感じてしまいます。このゲームにはルールがあるのです。ランキングに本気で挑み戦略を打つ近隣諸外国の大学に本当に勝ちたいのであれば、ルールを研究して同じ土俵に立たなければいけません。
あるいは、大学ランキングに本当に意味がないと思うのであれば、甘んじて相対的なランキングダウンを受け入れるのではなく、「我々は今の大学ランキングの仕組みには賛同できないので、大学として参加を見送ります」と意思を表明し、THEへのデータ提供を行わない選択肢もあるのです。そんな大学がもっと出てきてもいいかと思いますし、それはそれで既存のランキングシステムのあり方に一石を投じられ、話題になりそうです。しかし、もちろんそれは大学にとっては大変勇気がいる決断だと思います。
あらためてTHE大学ランキングの指標をおさらい
日本の大学のランキングへのスタンスはわかりませんが、ひとまず「勝てるなら勝ちたいと思っている」という前提で話を進めましょう。過去の記事で既にご紹介していますが、改めてTHEの大学ランキング指標について振り返ってみたいと思います。
THEランキングは以下5つの指標に基づき全体のスコアを算出しています。スコアの比重は全て同じではなく、比重の高い指標とそうでない指標があります。そのため、大学のランキング戦略担当はTHEが5つのうちどのスコアに重きを置いているのかを理解し、何をしたらそのスコアが改善されるのかを把握する必要があります。
5つのランキング指標
- 教育(比率:30%)
- 研究(比率:30%)
- 被引用論文(比率:30%)
- 国際性:(比率7.5%)
- 産業収入:(比率2.5%)
この数字を見ると、最初の3つの指標がスコアを決める上で大変重要であることは明らかです。
引き続き大躍進の中国と健闘の韓国、はたして日本は?
では2021年版ランキングにおける日本の大学と、中国・韓国の大学のランキングと各スコアを比較して見てみましょう。
ちなみに、今回は世界ランキング順で日中韓のそれぞれ上位20大学をピックアップして、平均値を出してみたかったのですが、その方法だと中国が高スコアになりバランスが悪いため、強豪が揃う各国の上位5大学だけを取り上げて国別に各ランキング指標のスコアの平均値を出してみました。対象となった大学(上位順)は以下です。
表1:日中韓のトップ5大学の世界ランキング順位
日本 | 中国 | 韓国 |
東京大学(35) | 北京大学(16) | ソウル大学(54) |
京都大学(61) | 清華大学(16) | KAIST(99) |
東北大学(201-250) | 復旦大学(60) | 成均館大学(122) |
大阪大学(301–350) | 浙江大学(75) | 延世大学(151) |
東京工業大学(301–350) | 上海交通大学(84) | 蔚山科学技術大学(178) |
()は世界ランキング順位
表2:日中韓のトップ5大学のランキング指標平均スコア比較
ランキング指標 | 日本 | 中国 | 韓国 |
教育 | 64.72 | 75.54 | 57.48 |
研究 | 67.24 | 80.1 | 59.96 |
被引用論文 | 44.28 | 73.08 | 65.92 |
国際性 | 42.86 | 54.58 | 48.16 |
産業収入 | 87.4 | 92.76 | 97.26 |
※各国の5大学のスコア平均値のため、上記スコアはあくまでも参考値である。
まずは表1のランキング順位を見てみましょう。
中国のトップ5大学は全て世界ランキング100位以内に入っていますね。ちなみに、この表には入れませんでしたが中国のトップ10までの大学は全て世界ランキング200位以内に入っています。この躍進はものすごいことですが、かといって世界ランキングTOP100に中国から10校が入るのはさすがに無理そうです。中国を見ても安倍元首相が掲げた「世界のトップ100に日本の大学を10校」という目標がいかに非現実的であったかがわかると思います(笑)。
次は韓国です。韓国トップのソウル大学のランキングは54位と東大の35位に及びませんが、全体的には健闘しており、トップ5大学が全て200位以内に位置しています。ちなみにトップ10校まで見ると、韓国はもう1大学が世界ランキング200位以内に入っています。
最後に日本です。東大、京大は世界ランキングのトップ100に入っていますが、それ以外の大学は200位以内にランクしていないため正確な順位は出てきません。「世界ランキング200位以内を目標」にする大学が多いのは、200位までは正確な順位が出てくるのに対し、それ以降は201-250、251-300と大きな枠に入れられてしまうためです。
日本の大学は被引用論文を上げるしかない
ランキングを決めている各指標における、各国のトップ5大学の平均値を分析してみましょう。
- 「教育」は中国が3カ国の中で抜きん出ていて、日本は韓国よりわずかに高スコアです。これと同様の傾向が「研究」にも見られます。中国のスコアの伸びには勝てないものの、大学の根幹である教育と研究の部分は依然として日本はしっかりしているといえるのではないでしょうか。
- 問題は「被引用論文」です。日本は中国と比較して30近く、韓国と比較しても20以上のスコア差があります。
- 「国際性」は3カ国に共通する問題点で、中国が少し高いとはいえ全体的にスコアが高くありません。同じアジアで比較すると、香港大学、シンガポール国立大学は英語が公用語の一つである強みもあり、共に国際性スコアが90以上です。
- 最後の「産業収入」ですが、巨大財閥マネーが大量に投入される韓国、経済成長が著しく産学官連携が盛んな中国はともに90以上のスコアで、それらと比較すると日本の87.4は低く見えますが、この数字は世界全体で見たらかなり高いと思います。日本のトップ5大学を見る限りは非常に健闘しており、大きな希望があります。
つまり、明らかな問題は日本の「被引用論文」です。「でも被引用論文は各研究者にゆだねるしかなく、組織的に改善するのは難しいのではないか?」という意見もあるでしょう。私も大学の管理部の方とお話するとよく耳にしますし、それは事実です。そこで、冒頭の疑問に立ち戻りたいと思います。「日本の大学は世界ランキングを上げたいのか?それとも参加することに意義があると思っているのか?または、この競争から辞退したいのか?」です。
もしランキングを改善したいのであれば、ランキングというゲームの仕組みを理解、攻略して、対策を講じるしかありません。逆に「ランキングなんて本質的ではない。そんなものに踊らされたくない」と思うならば、辞退する選択肢も考えるべきです。諸外国が攻略にかかる中で現在の地位を維持するのは難しく、相対的にランキングが下がってしまうのは必至だからです。もし維持またはアップを目指すのであれば、今の日本は何としてでも被引用論文の改善に取り組むしかないと思います。それ以外にも、「教育」「研究」の指標の中に大学の評判調査結果も含まれており、これらは教育で15%(教育のスコアに対して50%の影響を与える)、研究では18%(教育のスコアに対して60%の影響を与える)の比重を占めるので、被引用論文と同様に注力すべきエリアです。
戦うか、闘わざるか、それが問題だ
「今の日本は予算規模も縮小されており、また若手研究者のポジション問題もあり、とても予算をかけられない。おまけに人材も不足している。そんな中で諸外国と戦うなんてそもそも無理なんだ」との反論はあると思いますし、実際否定しようのない事実です。しかし私が実際にインタビューを行った韓国の成均館大学、延世大学に中国の浙江大学は、予算をかけずに組織的にできる範囲で動くことで、ターゲットとするスコアのアップを実現し、またインセンティブ等の仕組みを独自に改善することで、研究者が大学の目標に協力しやすい環境を作っていました。
戦って勝つのか、負けを甘んじて受け入れるのか、ルール自体に反旗を翻すのか。日本という国と、日本の大学は、そのスタンスを曖昧にすることで世界の動きに翻弄されてはいないでしょうか。ゲームに勝つためには、それなりの覚悟が必要です。大学という組織を一つの方向にまとめるのには、民間企業の人間には決してわからない難しい事情があることは十分承知しています。しかし、素晴らしい研究者・教育者と、強い理念を持った魅力的な経営者がたくさんいる日本の大学の姿を陰から見ているだけに、ランキングのためにその価値が世界で低く評価され、魅力が伝わっていない現状に寂しい思いを抱いています。たかがランキング、されどランキングなんです。悲しいですが、それ程までに今のTHE大学ランキングは影響力が強いです。ただ「何とかすべきだ」という持論を展開しても役に立てる事はないので、我々のように大学を陰から支える民間企業にできることを、みなさまとの対話を通じて引き続き模索していきたいと思います。