2022年10月19日

【誠のFACT】THE世界大学ランキング2023レビュー〜今や名実共に科学技術先進国になった中国の更なる躍進〜

(湯浅 誠/カクタス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役)

10月12日に今年もTHE大学ランキング2023が発表されました。このランキングの日本・中国・韓国の動向をを詳しく追いレビューを発表し始めて今年で5年目です。昨年書いたレビュー記事を自分で読み直しましたが、昨年と今年では大きな流れに違いはないと思いました。中国勢が引き続き勢いを伸ばし、日本は若干後退、韓国は全体ではなく、個々の大学が奮闘しているという感じです。

今年は去年より更に、THE大学ランキングへのマスコミの関心が薄い気がしています。毎年ランキングがリリースされた翌日にはある程度の関連記事が掲載されるのですが、今年はほとんどの記事がただファクトを簡潔に述べているだけで、日本の大学に向けて何かメッセージを発信している記事は見かけませんでした。いよいよ申請が開始する「大学ファンド」はこの大学ランキングの向上を目標にしているのですから、時期的なことを考えるともう少し高い関心があってもいいのではないかと思ってしまいました。今年の私のレビュー記事では、これまでのように全体比較をしてもあまり新規性はないと思いますので、マイクロ視点で気になるポイントを押さえておきたいと思います。

中国は100位に7大学がランクイン!注目すべきは飛躍を遂げた5大学

ちなみに、私は毎年THE大学ランキングが出ると、トップ大学のデータを手入力でExcelに入れてストックしています。過去4年のデータが蓄積されているエクセルを引っ張り出して今年のデータを入力すると、トレンドの変化がすぐわかるようになりました。まず気になったのはやはり中国勢です。

これまでは中国のツートップである清華大学(16位)と北京大学(17位)がうなぎ上りにランキングを上げていて、今回も現状維持とは言え文字通り世界トップクラスの順位です。今回注目すべきは、その後を追いかけている復旦大学、上海交通大学、浙江大学、中国科学技術大学、南京大学の大きな躍進です。

この5大学は5年前頃から上位200位にランクインしています(世界大学ランキングでは200位以下はまとめて発表されるためトップ大学は200位以内へのランクインを目指しています)。今年は復旦大学が60位→51位、上海交通大学はなんと84位→52位、浙江大学は75→67位、中国科学技術大学は88位→74位、最後に南京大学は105位→95位と念願の100位以内を実現しました。比較対象として日本の最高学府である東京大学は39位、京都大学は68位なので、中国のトップ5大学は京都大学より高い順位です。このレベルにランクインするためには、小手先の戦術を駆使しても達成できません。つまり、この5大学は教育と研究力で本当の意味で実力を上げた大学であると認識できます。

このシリーズで何度も言及してきたように、故安倍晋三氏が首相在任中に「日本の大学を世界大学ランキング100位内に10大学ランクインを目標にする」と掲げられていました。この目標は非現実的に聞こえたものですが、中国は今、既に7大学がランクインしています。200位以内には更に4大学(南方科技大学、武漢大学、華中科技大学、四川大学)が入っていますので、これらの大学が将来100位以内に入る可能性も否定できません。武漢大学がウィルス学で先端技術大学になるという、冗談ではない話が起きるのが中国だと思います。

教育と研究スコアのアップは、中国の着実な実力向上の現れ

ではこの5大学、一体どのスコアが改善しているのでしょうか?教育、研究、被引用論分、産業収入、国際性の5つのスコアを詳しく深掘りし、紐解いてみたいと思います。今年と去年の数字を以下比較していきます。

2023

2022

増減比較

まず「被引用論文」スコアから見てみましょう。総じて中国の方が日本より高いですが、上の表で見ると、一部大学を除いて、去年と今年のランクアップの要因としては大きな影響を与えるほどの変化はありません。「中国は財力を背景に海外からスーパー研究者を雇用して被引用数を稼ぐ事で順位を上げている」という仮説をよく聞きますが、

このデータを見ると、被引用数の急激なアップが要因とは考えにくいです。「国際性」はコロナの影響で外国人留学生の受け入れが困難であったと思われるため、殆どがマイナスです。「産業収入」も、そもそもが高いためほぼ昨年と同じです。

私が注目したのは、「教育」と「研究」の2つのスコアです。増減比較表をみていただくとわかる通り、これらの5つの大学は、大学の根幹である教育と研究を着実に伸ばしており、それがランキングアップにもっとも大きな影響を与えているようです。「ランキングなどという指標に踊らされる事なく、本質的な部分にあたる教育と研究に力を入れるべきだ。その結果としてランキングは自然とついてくる」いう意見はよく聞かれますが、中国はその言葉通りにじわじわと本質的な大学としての実力を上げているのではないか?と私は感じました。「研究」は獲得研究費も指標の一つに入っているので注意が必要ですが、中国の大学を実際に訪問してインタビューをしてきた実感からも、お金だけの差でないことは確実に言えます。

弊社でもエディテージは中国市場で破竹の勢いで売上を伸ばしており、中国の研究活動量の多さを日々実感しています。この中国勢の勢いはまだまだ続きそうです。

これぞ韓国の真骨頂!私立大学の雄、延世大学の底力

「中国の話を長々と説明されても、予算規模や国の方針、人材が日本と違いすぎて参考にならない」。そんなお声をいただくと思いました。毎年同じ展開ですが、中国の次はお隣韓国の大学を見てみたいと思います。

韓国は去年と同様にトップ200位以内に6大学がランクインしています。顔ぶれも全く同じで、ランキングが若干上がった下がった程度の大学が大半です。そんな中、今年の注目ポイントは名門私立大学である延世大学の大躍進です!なんと、昨年の151位から78位と73位も順位を上げています!さっそく延世大学の過去5年のデータを見て、どこを改善したかを可視化していきましょう。

延世大学のランキング推移

教育、研究、被引用論文全てが改善傾向ですが、2022と2023で信じられない規模で改善しています。教育が12.1、研究が10.7、被引用論文が8.2もスコアが改善しています。2019年から年々少しずつ改善を重ねていますが、今回は本当に飛び抜けています。一体何が起きたのかとても気になります。数年前に一度延世大学にインタビューを行ったのですが、今回の劇的ランクアップを踏まえて、再度お話を聞いてみたいという思いが強くなりました。

延世大学もコロナの影響で国際性が下がっていますが、それでも国際性スコアは日中韓の大学の中でトップクラスです。ただ産業収入と国際性は過去5年の数字を比較しても大差はありません。既にこれ以上上げるのが厳しいレベルにいると思われます。

日本が参考にしやすいのは延世大学のような満遍なく実績を伸ばしている大学の事例でしょう。「韓国の大学は財閥などが入って産業収入が大幅に伸びているし、一点集中的なスコアの伸ばし方は参考にならないのではないか?」という意見もあるかと思います。私も以前はそう思っていましたが、実際に延世大学を取材した際に副学長の方から「私達は成均館大学のように大手財閥から多額の資金援助を受けているわけでも、ソウル大学のように国から援助を受けている訳でもなく、学費や自分達で獲得してきた資金で運営している、決して潤沢な資金ではない私立大学です」と伺い、印象を改めました。産業資金が入りやすいお国柄ではありますが、日本のトップ大学との資金に大きな差がある訳ではありません。その中で、着々と他のスコアを改善している延世大学の事例は参考になると思います。

おわりに

去年は被引用論文に焦点を当てた記事を作成しましたが、今回は総合力を上げている大学について取り上げました。とはいえ研究力アップを着実に行えば被引用論文指標は改善するので、この二つは連動しています。教育は研究の担い手(若手研究者)を育てるので、当然教育に力を入れると次第に研究力もあがっていきます。5年というスパンで変化を辿ると、ランキングを着々と上げている中国・韓国の大学は、一過性ではない本当の意味での底力をつけている事実が見えてきます。

THEは来年からランキング指標を変更します。一番の変更点は日本の弱点である被引用論文指標だそうです。弊社では今年前半にウェビナーを開催し、THEのChief Data OfficerであるDuncan Ross氏に指標変更について共有いただける情報をお話いただきました。次回の指標改定は日本の旧帝国大学に有利に働くと解釈していますので、来年のランキングを今から楽しみにしています。私の印象では5つの指標のうち被引用論文指標だけがきわめて高い大学は改定の影響を大きく受けると思いますが、今の中国トップ大学や延世大学のように教育と研究の力を着実にあげている大学は恐らくランキングを大きく下げることはないと思います。

個人的には、被引用論文指標よりも英語圏有利な現在の仕組みを変えていく必要があると思います。評価基準が英語なので、当たり前ですが英語圏が有利です。その証拠にアジアでも英語が普及している香港とシンガポールは大学の数が少ないですが、常に総合ランキング上位に来ています。真の教育、研究力を図る万能な指標は存在しないと思いますが、語学面を取り除いた形で勝負できたら、全く違う構想になるのではないでしょうか?

2年後には総額2000~3000億(想定)といわれる追加資金が限られた日本の大学に投入されると思われます。政府は巨額のお金を出す以上各大学には相応の結果を求めます。それは大学ランキングアップなのか、イノベーションの創出なのか?様々な憶測が飛び交っていますし、最初は少ない数のトップ大学のみが対象になるようです。賛否両論あるようですが、常に資金不足を叫んでいる日本の大学のために、研究資金の総量が増えること自体は歓迎したいところです。長期的には研究への国民の関心を高め、アカデミアの方々がよりよい形での資金注入方法を国と話し合い、日本の研究に再び活力を取り戻すお手伝いを、微力ながらできればと思っています。

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